本気で、全力で仕事をすることがごくまれにある。普段は結果の質を自分の美意識が受け付ける範囲に残すよう、それはそれでエネルギーを使っているのだけども、例えばひとつの音を置くのに(あるいは除くのに)知性、そして美意識というよりは美学を動員してゆっくりと長い時間知識や経験に頼らずものを創るとき。
それは天才と仕事をしているとき。
この歌を作り、歌っているセルヒオは、間違いなく天才だと思う。言葉と音楽と行動としての歌を組み合わせることによって、ほとんど苦労することなく化学作用を起こさせ沸点に持っていくことができた。楽譜は読めない。理論も知らない。楽器も弾けない。
ひょんなことで仲良くなって、将来は彼に歌を作らせ僕がオーケストレーションを施し、オペラを作ろうと思っていた。けどもその前に彼が率いていたバンドのシンフォニック・コンサートをやろうという仕事がやってきて、僕はゲスト演奏とオーケストレーションを頼まれた。ほとんどの曲のアレンジに対して「すげー!」って感じで喜んでいたセルヒオは、なぜかこの曲のアレンジだけはOKをくれなかったのを覚えている。
「兄弟。歌詞を聞いてくれ。ちがうだろ?」
次の日家に閉じこもって、ストリングスを8部に分けたアレンジを作って「これがダメなら他のアレンジャーを使ってくれ」と手渡すと、「やればできるじゃん」と楽しそうにしていた。その次の日、どうでも良いような理由からこのコンサートはキャンセルとなり、契約どおりアレンジ料は振込まれたものの、30センチほどの楽譜の山は使われることはなかった。この絶望的に怠惰な僕が本気を出したのに、未だにそれは演奏されていないのだ。僕は今でもこれを書いていた時の部屋の匂い、日が落ちていく感覚を覚えている。
そして、僕がエクアドルを去ったあと、バンド自体も解散してしまった。
Creo en ti
[楽譜] Creo en ti