サルバドール・ダリとマン・レイ
ニューヨークの5番街の小さな画廊”251″でセザンヌを見て、ピカソを体験し、芸術家になろうかとマン・レイが思っていたときに現れたのがマルセル・デュシャンだった。大衆との交流を嫌い、芸術家との交流を馬鹿にしていたデュシャンは、”階段を降りる裸体”によって一躍渦中の人となった後も、特に騒ぐこともなく美術界とは距離を保ったままだった。そんなデュシャンの生き方に共感を覚えたマン・レイ。死ぬまで二人の親交は続き、「心が騒いだ」とのちにマン・レイは書き残している。マン・レイはその後パリに渡り、無名の、謎のアーティストを自己プロデュースすることになる。
過去の自分を米国に捨てて勝負したマン・レイ。
とにもかくにも自分自身をさらけ出したサルバドール・ダリ。
芸術を鼻で笑っていた人間と、芸術に心を捧げた二人は、深いところでは似たもの同士だったのだろう。
マン・レイの墓には「気にしなかったけども無関心だったわけじゃない」と刻まれている。非常に彼らしい。
Unconcerned but not indifferent