音楽が作られたのは、いいかね、人間が自分を忘れられるようにさ。
- ポール・ヴェルレーヌ
どうも昨今の音楽には聴いている人の共感を誘い、感情に輪郭と名前を与え、ひどい時には「自分らしさ」という思い込みを思い出させるような作用があるような気がして少しばかり残念な気がする。そういうことは「言葉」がすればよいことなのだろうと思うのだけども・・・。「失恋した時に聴きたい曲ランキング」なんていうものもあるみたいだけども、こんな個人的なことでさえ周りの「まっとうな」チョイスを知りたくなるものなのだろうか?
このところインドの音楽を耳にする機会が多かったのだけども、この音楽が持っている音楽的な構造力学のせいなのか、それとも僕が個人的にそのような印象を受けているだけなのか、「個人」というものが持っている「色」や「主張」が排除されているような気がして、非常に好ましく思っている。昨日などインドのヒップホップを聞いていたのだけども、あれでさえその場の雰囲気に溶け込んでメッセージなど何も感じなかった。
(まあ、言語を解さないのが一番の理由なのだろうけども)
民族楽器の持っている固有の音色のせいかなあ、とも思ったけども下の映像なんかを見るとそういうわけではない様子。
いや、しかし素晴らしい。