無能に毛が生えると思っていたら

道具というのはいいもんだ。例えば川に板を抱えて洗濯に行くものの、どういう具合か水しぶきを顔にかけまくってしまう、あるいは気をつけていても服に穴を開けてしまう、なんていう洗濯の才能がない人に洗濯機を与えれば、突如として他人様並に洗濯をする技術を授けたに等しい行為となり感謝されること間違いない。道具は僕たちに能力を付加してくれる。このウェブログにしたってマイクロソフトのMS-IMEというものがなかったらひらがなだらけになっているに違いないし、そもそもPCがなかったら今これを読んでいるみんなの貴重な時間を無駄にするというこの行為さえなかなかできないわけだ。

ははっ、愉快。

このように道具というものは僕らに能力と余った時間を授けてくれ、自由に生きていくことが少しだけ楽になるような一面を持っているけども、場合によってはそうでもないことを今日痛感したので申し上げたいと思う。というのも、数日前に秋葉原に赴きエレキバイオリン用のプリアンプを購入しようとうろついていたところ、なかなか店舗で見かけることがないギター・エフェクト・プロセッサ、BOSSのGT-10が「ほほん」と飾られていたので買ってしまい、一日を費やし機材の前でインドのバイオリン奏者の如く胡坐をかき、せっせと音を作っていたのだけども、当たり前といえば当たり前のことながら、これはギターのエフェクターを基本的にシミュレートしているわけで、出てくる音は基本的にギターの音。

それはそれで問題ないのだけども。

つまり、僕はエレキギターを人からいただいたことがあるものの大して上達せず未だに弾けるに至らないのだけども、バイオリンは少々弾けるものだからこれでギターを手にしたに等しい音楽ができるわけだ。道具がそういう能力を与えてくれたわけだ。「これはばっちり嬉しい!」と1時間ほど楽器を操ってみて呆然と肩を落とし、近くの公園にタバコを吸いに行き、イチョウの葉っぱが黄色と緑が混ざった様子をぼんやりと眺めながら、「ああ、これが黄緑ってやつだなあ」と関係のないことをつぶやいた。

何に愕然としたかというと、ブルースギター系の音色を元にした音を出しているときはブルースっぽいリフを、ディストーションをかけているときはジミ・ヘンドリクスあるいはハードロックな感じのバンプを、コーラスをかましているときはメタリカが立小便をしているかのようなシーケンスを、ワウをかましているときはR&Bなカッティングを弾いている自分の発想の乏しさであって、アコースティックなバイオリンに比べて圧倒的に音色が固定されている状態では、せいぜいどこかの大学の軽音楽部並みの存在に陥ってしまうことに気がついてしまったからなのだ。無能は無能。そう簡単には毛が生えてこない。

試しにパガニーニを弾いてみたらイングヴェイがうがいをしていうような感じだった。

ちょっと腰をすえて練習しなければ面白いものはできそうにもない。

それまではこのエフェクターは封印しておこう。

というわけでもう少し慣れた設定でになりますが、今週の土曜日に西武新宿線の沼袋駅の近くにあるバー「上海人形」で久しぶりにOpticalcodeさんとセッションをします。19時から23時の間に何かしますが、何をするのかは言えません。別に言いたくないからではなく、ライブに飛び入りで参加するように誘われたもんで本当に何をするのか知らないのです。

来てくれる人がいたら嬉しい。