今まで生きてきて、好きになった曲や感心した曲、あるいは弾いてみたいと思った曲や「もう一度聴こう」と思った曲はあったけども、「なんじゃ、こりゃー!」と衝撃を受けて数日の間その曲のことばかりを考えていたという経験は一度しかない。
しかもそれはテレビで放送されたものだった。チャールズ・ミンガスの「エピタフ – 墓碑銘」 1997年頃、ストックホルムの自宅で一人で見たのだと思う。
この衝撃的な2時間半にわたる大作は、実は意外な経緯を経て発見されている。5000枚にのぼる手描きのスコアがミンガスの死後クローゼットから見つかったのだけども、誰にもそれが何なのかが分からない。しかも4000小節に及ぶ作品は、五重奏や六重奏のために書かれたわけではなく、少なくとも30人は演奏のために必要となっている。
いったい何をミンガスは考えていたのか?
やがてこの作品はミンガスによってわざと隠されていたものであって、その曲の初演がミンガスの輝かしい音楽歴の中で最悪の結果となっていたことがわかった。1962年に行われた初演ではクラーク・テリー、ペッパー・アダムス、秋吉 敏子さんを含む33人によって行われることになっていたのだけども、曲の仕上がりが遅れ、手書きのパート譜の量も半端なく、ほとんどリハーサルに時間をとることができなかったのだ。(そして初見で演奏できるほど「普通」の曲ではない)なんとかミンガス特有のパッションで楽団をリードし演奏するも、今度はタウンホール側が「長すぎる」と怒りだし、最後を待たずにすべての電気を消されてしまった。
ミンガスの落ち込みは激しく、二度とこの作品について話すことがなかった。
1989年にガンサー・シュラーの指揮によって再演され、僕はその様子をテレビで見たわけだけども、その数ヶ月後に務めていた大学の近くのバーで、ウィスキーを手にした白髪の老人に話しかけられたのを覚えている。
「お前日本からきたバイオリン弾きだろ?この間のリサイタル聞きに行った。ところで『本物の音楽』って知ってるか?」
リサイタルに来たと言っているのに、何も感想がないのにも少し戸惑ってしまい「知らない」と答えると、「それはね、ミンガスのエピタフだ」と言って大きく頷いていた。
まあ、正しいと思う。