今から25年ほど前、才能がある作曲家の頭には美しい音楽が意図せずとも舞い降りていて、演奏家の役割はありったけの想像力を使って「それ」を具現化するものだと考えていた。作曲家がしたためた楽譜には、舞い降りてきた音楽が最初から順番に、音の正確な周波数と無音の部分の持続すべき長さが記されていて、楽器の特性から想像されるあいまいな音質と、あいまいながらも相対的な強弱もわかるようになっている。しかし歴史に名を残すような作曲家の頭の中にあった「それ」ははるかに楽譜に記されたものよりも多くの情報量を含んでいたはずで、学生であった僕は楽譜を正確に再現しつつ書ききれなかった部分を付加するという、一歩進めば矛盾が出てくるゲームに一生懸命になっていた。
この不毛なゲームを上手くやりこなしたとき、コンクールで優勝したり試験でよい点数をもらったりした。とはいうものの、あまりにも矛盾に満ちたこのゲームのルールは熱中するにはもってこいなものだったけども、音楽そのものとはあまり関係がないような気がしてきたのは、梅澤あっちゃんたちとバッハの「フーガの技法」などを演奏していたとき。
バッハの頭には音色が抜き去られた状態の音楽が鳴っていたのだろうか?
そうでないのならば、なぜ楽器の指定をしなかったのだろうか?
そのころの作曲家があまり音の強弱の指定をしていなかったことも疑問の理由。
そんな中、今から15年ほど前に現代音楽の演奏に集中し自分でも作曲の勉強を始めたころ、作曲家の頭に舞い降りてくるのは音楽そのものではなくそれを作る過程のシステムであって、本当にクリエイティブな心持でいられるのはそのシステムを洗練させていって、それを制御する構造を決定するところまでであることを知った。さらに残念なことにこの過程は案外すばやく行われる。大変な(そしていささか面白みに欠ける)作業がやってくるのはそこから。順序だてて丁寧に修正を加えながら楽譜にしなければならない。
そんな理由から演奏家としての役割は、そのシステムを聴いている人がわかる形にして提示するものだと思っていた。個人的に構造自体に問題があると感じていたシューベルトの長い音楽、あるいはソナタ・アレグロ形式を増長な形で引っ張ってくるブラームスやチャイコフスキーを演奏するのを嫌った。
アカデミズムの中にいる間はこのゲームは上手く機能していた。しかし僕の周りに作曲と演奏を両方こなす人間が増えてきて、ピアソラとジスモンチ、あるいはマヌ・チャオなんかの音楽に聞き入るようになってきたものだから、当然自分の頭の中を開示するなんて気味の悪いことをしているわけではないと考えるようになり、ひょんなことから僕も自分の曲を弾くのを生業とするようになってしまい、作曲家が提示しているのはその辺の道のようなものだと考えるようになった。演奏家の役割は気が利くタクシードライバーのように、その場の状況に応じて道順を変える。昼と夜とでは見えるものも変わる。時がたつに連れ道は増えるかもしれないし、なくなってしまうかも知れない。
十分なガソリンを積んでメンテナンスされた車さえあれば、演奏会で何が起きるかなど想像する必要はなくなった。大変なアクシデントさえ回避できれば、良いとか悪いとかあまり関係がないものになる。
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来年僕がこのことについてどのように考えているかはわからない。でもまた変わっていくものだろうとは思う。ただ、考え方の変更がどこかからやってくるとき、一瞬演奏や作曲をするのがつらくなる。そういうのが数日のときもあれば数ヶ月続くときもある。今日友人のリハーサルを聞いていて「あははん、過渡期だね」と感じた。どこからどこへ向かっているのかは僕は知らない。
みんながんばっている。