希望っていうのはこういうものなんだろう



ホースト・ファースは1955年、22歳の時にAP通信に入り、1960年のコンゴ動乱での取材によって報道写真家としての輝かしいキャリアをスタートさせている。スナップショットをポラロイドで撮ってあげることによってコンガの兵士たちを取り入り、決定打となる写真が撮れる正しい場所へと導いてもらっていたのだ。

パトリス・ルムンバはコンゴをベルギーからの独立させ、コンゴ共和国の初代首相となった。しかし彼の共産主義者的な傾向と、燃え上がるような独立記念日でのスピーチ ”Nous ne sommes plus vos macaques!”(私たちは、もうお前らの猿じゃない!)が問題視され、10週間後にはCIAにそそのかされたグループによるクーデターにより自宅軟禁されてしまう。

CIAの職員が毒の入った歯磨き粉を手にして家にやってきたのに気がついたルムンバは、密かに家から脱出するものの空港の飛行機から引きずり出され、再び逮捕された。彼は外交官やジャーナリストの面前で殴られ、蹴られ、辱めを受け、トラックに乗せられどこかに連れていかれた。

上の写真はその時ファースによって撮られたものであり、ルムンバの最後の写真となった。処刑された後、彼の身体は酸で溶かされ、「そのあたりの住人に殺害された」などと1ヶ月後に発表されたが、そんなことを信じるものはいなかった。(2002年2月、ベルギー政府はルムンバの暗殺にベルギー人がかかわったことを認め、更に国としての道義的責任を認め公式に謝罪を行い賠償を約束した。)

ルムンバを逮捕したジョゼフ・モブツ将軍(後のモブツ・セセ・セコ)は1997年まで大統領であり続け、欧米の言うことを聞くのかと思いきや再びクーデターを起こして国名を「コンゴ」から「ザイール」に変え、アフリカでの共産圏の拡大を防ぐ見返りに欧米からの支援金を一手に引き受けて、そのほとんどを着服した。

ルムンバが妻に当てた最後の手紙にはこう記されている。

あとにのこる息子たちに、もしかしたら二度とあえないかもしれない息子たちに、わたしは言いたい
— コンゴの 未来は美しい。