鏡の裏側

26.06.2017

午前、ミックス。曲作り。

午、チキンスープ、ローストチキン。

午後、楽器指導。ミックス。曲作り。カンジャ作成。書見。

Half of what I say is meaningless, but I say it so that the other half may reach you.

– Khalil Gibran

僕が言うことの半分は意味がない。でもね、もう半分が君に伝わるように全部言う。

– ハリール・ジブラーン


ジブラーンのこの言葉、後にレノンによって”Julia”という曲に引用されている。言葉の論理的、あるいは心理的な部分に重きを置く人には、文学も詩も理解できない。「僕が言うことの半分」は言った全てであって、残りの半分は言葉の外にある。

イマジンのLPジャケットのデザインを施したTシャツを着たって意味はない。それを着ないことにも意味が無いように。

僕の言葉も音楽も鏡の向こう側。絶対矛盾的自己同一の向こう半分なんだ。


陰陽

25.06.2017

午前、スコア勉強。楽器指導。

午、照焼きチキン。

午後、息子と散策。旧友来訪。カルボナード・フラマンド、スペイン風揚げ芋作成。書見。

When you dance, your purpose is not to get to a certain place on the floor. It’s to enjoy each step along the way.

– Wayne Dyer

踊る時、君の目的は床の決められた部分に足を置くことじゃない。順番に一つひとつのステップを愉しめばいいんだ。

– ウエイン・ダイアー


リヒテルのように突然街に現れて演奏をする以外は隠遁生活をしている人もいるし、グールドのように演奏はしないけどもメディアと電話によって外界とつながっている人もいる。メニューヒンのようにすべてを開示した上で、誰にも本当の顔を見せなかった人もいるし、バーンスタインのように24時間営業のような人もいる。

そういった生活サイクルの傾向が音楽づくりに表れるかというと、実はあまり関係がないんじゃないかと思っている。(上記した人たちは極端な人たちだからともかくとして)

陰気な生活をしながら、陽気な音楽をすることだって出来るんだ。


風の通し方

24.06.2017

午前、事務作業。書見。

午、餃子カレー作成。

午後、仮眠。夏野菜スパゲッティ作成。書見。

I would hate to think I am not an amateur. An amateur is one who loves what he is doing. Very often, I’m afraid, the professional hates what he is doing. So, I’d rather be an amateur.

– Yehudi Menuhin

自分がアマチュアではないと考えるのが嫌なんだ。アマチュアの人は自分がしていることが好きだ。往々にして、残念ながら、プロは自分がしていることを嫌うことがある。だから、僕はアマチュアでいたい。

– イェフディ・メニューヒン


身体に楽器をコントロールさせず、頭に身体をコントロールさせず、楽器に頭をコントロールさせないこと。

子どもたちをコントロールしないこと。

管理しなければいけないと思えるものは、本来管理できないものだということを忘れないこと。手綱を切るのではなく、持つ手を緩めること。


鍵が隠された扉

23.06.2017

午前、PV音源ソムリエ。購買関係。オーディション審査。

午、豚足のスープ、牛ミノのシチュー。

午後、曲作り。ビーフカリー、茄子の甘辛煮作成。書見。

We may pull apart the petals of a rose or make chemical analysis of its perfume, but the mystic beauty of its form and odor is still a secret, locked in to where we have no keys.

– Carl Sandburg

薔薇の花弁を毟ってバラバラにしてみたり、香りの化学的な分析をすることは出来るけども、その形や匂いの神秘的な美しさは謎に包まれたまま。僕らが手に入れることができない鍵によって隠されている。

– カール・サンドバーグ


音楽を作ることを生業としていて一番悲しいのは、音楽を聴いて楽しんだり悲しんだりすることが単純にできないというところだ。それが何なのか見極めようとしてしまう。感情が揺さぶられれば、そのやり方を知ろうとしてしまう。

深層心理にその美が蓄積されても困るんだ。(と思ってしまうんだ)

一度「理解した」と思った音楽はもう聞かない。でも、時間が経って聴いてみると、別段分かっていなかったことが判明するから、楽しいといえば楽しい。


未来への波

22.06.2017

午前、曲作り。

午、トマトスープ、ローストチキン。

午後、曲作り。構成準備。カツ丼作成。書見。

La vraie générosité envers l’avenir consiste à tout donner au présent.

– Albert Camus

将来に対して本当に物惜しみしない態度というのは、現在にすべてを賭けるという行為の中にあるんだ。

– アルベール・カミュ


「若気の至りでした」と過ちを正すのもいいし、「若くはないけど過ち続けております」と静かに笑っているのもいい。正誤の感覚はよりまっとうな音楽を作るのには役立つけども、まっとうな音楽は賞味期間が短い。

コンクールなんて仔牛の品評会のようなもので、勝って喜ぶのは教師と繁殖農家だけだ。時々惑わされて喜んでいる若者はいるけど、喜ぶ仔牛など見たことがない。(品評会そのものも見たことがないけども、多分そんな仔牛はいない)

今日、曲の構成を考えていて、赤道上では八卦が意味を成さないことに気がついた。意味を成さないからと言って間違えているわけでもない。

当たらぬも八卦。