食卓の伝統

09.02.2019

午前、楽器指導。事務作業。

午、リブアイステーキ。

午後、子どもたちと雑談。書見。

My mother made soft polenta often, and as a child, I would watch her stir until she looked like her arm would fall off.

– Leo Buscaglia

母さんがよくポレンタを作ってくれた。腕が落ちてしまうくらいまで彼女がかき混ぜているのを、子供の僕は見ていたんだ。

– レオ・ブスカーリア

イタリア系の家庭では、子供は食卓の周りで育つそうだ。DNAのことはよく知らないけども、育つ環境というのは人格形成に深い影響を与えると思う。

イタリア系の家庭で育つとよく喋るようになる。僕のように兵庫系の家庭で育ってもよく喋るようになる。僕は一人で暮らしているけども、例えば食卓に足の小指をぶつけた際、食卓と小一時間位言い争いをする。(「なんやねんお前」と話しかけると食卓も色々と言い返してくるから、きっとイタリア系の食卓もよく喋るのだと思う)

以前ブラジルのイタリア系の家族の家にお世話になった時、僕はほとんどの時間、食卓に腰を掛けてマンマが食事を作る様子を眺めていた。見られているから喋るべきだと思ったのだろう。「今日はオッソブーコ。肉の周りの皮のところには切れ目を入れてね、小麦粉を付けておくの。理由?わからないけど、そういう料理なの。ソフリットを作ったら肉を焼いて合わせて、白ワイン。塩コショウして水を入れて、マギーブイヨンも放り込む。あんたどこから来たの?日本?どうしてポルトガル語が話せるの?お母さんは元気なの?肉が焦げちゃうからちょっと待って」といった具合に手と口がずっと動いている。

僕の母さんと同じだ。空海の「 五大に皆響き有り、十界に言語を具す、六塵悉く文字なり、法身は是れ実相なり 」がキッチンに満ちている。

今日は子どもたちの家に赴いて、食卓に座って娘の数学の問題と息子のスーパーカーとYoutuberに関する疑問に答え続けていた。明日は家庭の伝統を伝えるべく、お好み焼きを作りに行く。あれは喋りながら作るものなんだ。

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