音楽と詩

午前、プログラム委員会。会議多々。

午、炒麺。

午後、曲作り。原稿。ルーベンサンド作成。書見。

A garden must combine the poetic and the mysterious with a feeling of serenity and joy.

– Luis Barragan

庭には静謐さと喜びを伴った、詩的なものと謎めいたものが組み合わさっていないといけないんだ。

– ルイス・バラガン

宮沢賢治の死の直前数年、詩作の形態を文語体に変えたのはなぜなのだろうか、とモーツァルトのピアノソナタを順番に聴きながら考えていた。病床で思索しかすることができなかったからか、病気で体力が落ちたからか、それとも冷夏が関係しているのか。

高麗の飴売りの軍楽太鼓に感心する詩など、病床にあるものにしか書けない透明さがあるから、やはり体力の低下が関係しているのかもしれない。

バッハは晩年定形による作品を多々残しているけども、おそらくこれは履歴書代わりのものだし、モーツァルトは依頼を受けての作曲が多かったので、定形のものは少なくなった。

音楽と詩は別物なのかな。

別段、今日結論を出す必要もあるまい。

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