論理的説明

11.02.2019

午前、楽器練習。曲作り。

午、雲呑湯。

午後、原稿。息子と雑談。巻き寿司。書見。

It is essential to an architect to know how to see: I mean to see in such a way that the vision is not overpowered by rational analysis.

– Luis Barragan

建築家にとって、見方を知るというのは大切なことなんだ。僕が言っているのは、洞察が論理的な分析に押しつぶされないような見方のこと。

– ルイス・バラガン

何でも説明できる人がいる。六重奏団のギター弾きがそうだ。高校の教頭なんかもしているから、職業病的な能力なんだろう。セグンドがミサを書くにあたって、典型的な構成と内容を教えたのも彼だった。僕が処方された活性炭の錠剤を飲んでいて「炭は燃え尽きた物質なのに、それをどうやって活性するんだ?呪文か?」と訊くと、きちんと説明してくれたのも彼だった。

もう忘れてしまったけど。

楽屋などで彼が何かの説明を始めると「歩くウィキペディアが話し始めた」と僕らは揶揄する。でも時事問題なども音楽家の僕らにでもわかった気分にさせてくれるように説明してくれるから、非常に便利なギター弾きだ。

でも曲を書くことはできない。音楽を作るために、多少の知識は必要だけども、膨大な知識は役に立たないんだ。セグンドと僕は曲を作ることができるのだけども、残念ながらそれを説明することができない。

困ったものだ。

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