落涙

僕が1991年に渡米して音楽の勉強をしようとしたときのこと。

朝の7時ごろにまだ眠っていると電話が鳴って、「こんな朝っぱらから英語なんて喋れないよ。どこのアホがかけてきやがるんだ!」と苦々しい思いで電話を受けてみると、声の主はフランコ・グッリと名乗った。

「フランコ・グッリ?」

間違いなく僕の中でのスーパースター、アイドル、神様の名前だった。少年時代、自分の部屋に彼のアーティクルをコピーしたものを部屋中の壁に貼り付け、いつか彼のような演奏家になりたいと思って日々の練習を重ね、留学してしばらくしてから実は彼もインディアナ大学の名誉教授であったことを知り「もしかしたらどこかで御尊顔を拝見したりできたりするかもしれない」などと喜んでいた矢先のことだったので、その電話は僕の心臓を3秒ほど止めていたと思う。

「日本から良いバイオリン弾きが来たと聞いてね。聞かせてよ。」なんて言ってくる。「良いでございますけども・・・」と口を濁していると、その日の9時を指定された。神様の前で御前演奏するのに許された時間、わずか2時間。次々と言われるがままにいろいろと弾いたけども、正直何を学んだのかはあまり記憶にない。

その数年後、紆余曲折、S字運転、時空のねじれなんかも手伝って彼と勉強をしていた。やさしいことで有名なグッリ教授。なぜか、とても厳しかった。いつも耳を引っ張られて叱られていた。いつしか大学で僕も教える立場になって、朝早くから演奏会の準備のためにスタジオに向かうと、雪にはすでに足跡がついていて、グッリ先生が練習を始めていたのを思い出す。身を引き締めて自分も練習を始めると、部屋をノックして入ってきては「コーヒー飲もうよ」と誘っていただき、授業では聞くことのできないすばらしい教えを受けることができた。

最後にレッスンをつけていただいたのは1998年のこと。プーランクのソナタだった。彼からいただいた楽譜にはプーランク自身の献辞の言葉が添えてある。

今日、その前年に録音されたショーソンのコンセールのCDが届いた。
聴いていて涙がこぼれた。

こんなにすごいところにまで到達した人だったのだ。バイオリンというものを使ったアートで僕が知っている限り一番あっちにまで行ってしまっている演奏だ。最近、バイオリンの弾き方がちょっとわかってきたつもりでいた。僕は間違えていた。ただただ想像力が不足していてその気になっていただけだった。

ちょっとした医療ミスの結果、グッリ先生は7年ほど前にお亡くなりになった。

たまには涙を流しながらウェブログを更新するのもいいだろう。

2 thoughts on “落涙

  1. わかめちゃん says:

    パウルから「よろしく」との伝言を聞きました。

  2. タダシ says:

    わかめちゃん
    今日は日曜日ですから、そろそろテレビ出演の時間ですね。
    かつお君にもよろしくお伝えください。

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