芸術は無用

オスカー・ワイルドが書いた唯一の長編小説、「ドリアン・グレイの肖像」。その序文に含まれる”All art is quite useless”(すべての芸術は全く無用だ)という非常に有名な、そして誤解されることが多いフレーズについて、出版当時オックスフォード大学の学生だった人物がワイルドに説明を要請したところ、次のような手描きの手紙が届いたという。

オスカー・ワイルドの手紙 オスカー・ワイルドの手紙2 オスカー・ワイルドの手紙3 オスカー・ワイルドの手紙4

16 タイト街
チェルシー S.W.

前略

芸術が無用だというのは、その目的が単純に気分を作り出すことにあるからなのです。どんな形においても何かを教えるとか、行動に影響を与えるためにあるのではないのです。見事なまでに何も生み出しませんし、その不妊性こそが芸術が持つ快楽の印なのです。もしもある芸術作品の深い考えがどんな形にせよ行動を引き起こしたとしたら、その作品が2流のものであるか、観客が完全な芸術的印象に気がつくことができないでいるか、のどちらかでしょう。

芸術作品が無用だというのは、ちょうど花が無用であるのに似ています。花は自身の喜びのために咲くのです。私たちはそれを見ることによって喜びの瞬間を手に入れます。私たちと花の関係はそれ以上のものではありません。もちろん人は花を売ることができ、彼にとっては咲いた花が役立つのかもしれませんが、それは花には関係の無いことです。それは本質の一部ではありません。付属的な出来事なんです。誤用なんです。このことに私は漠然とした恐怖を覚えるのです。しかし話せば長くなります。

敬具

オスカー・ワイルド


16, TITE STREET,
CHELSEA. S.W.

My dear Sir

Art is useless because its aim is simply to create a mood. It is not meant to instruct, or to influence action in any way. It is superbly sterile, and the note of its pleasure is sterility. If the contemplation of a work of art is followed by activity of any kind, the work is either of a very second-rate order, or the spectator has failed to realise the complete artistic impression.

A work of art is useless as a flower is useless. A flower blossoms for its own joy. We gain a moment of joy by looking at it. That is all that is to be said about our relations to flowers. Of course man may sell the flower, and so make it useful to him, but this has nothing to do with the flower. It is not part of its essence. It is accidental. It is a misuse. All this is I fear very obscure. But the subject is a long one.

Truly yours,

Oscar Wilde


なるほど。しかしあれから120年たって、オスカー・ワイルドさんの不安は的中した。芸術が社会を良くし、戦争をなくし、貧困を撲滅し、人間に高い精神性を与えると思っている人が、まだまだ沢山いる。

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