自分の不便性


04.01.2019




午前、ミニ講義。整頓清掃。楽器練習。




午、酸辣湯、炒麺。




午後、グローサリーショッピング。DIY金曜大工。書見。




Know the defference between a catastrophe and an inconvenience. To realize that it’s just an inconvenience, that it is not a catastrophe, but just an unpleasantness, is part of coming into your own, part of waking up.


– Bruce lee


不幸と不便の違いを知るべきだ。これは不幸ではなく不便なんだ、不快なだけなんだと理解することが、自身を知るための一部であり、目覚めの一部なんだ。


– ブルース・リー




技巧に長けた人が絵を描いている様子を見ると、あちらに陰影を付けたり、こちらに白で光に照らされた様子を模していたりして、対象を見ると確かにそんな感じだから「よう見てはんなあ」と感心してしまう。僕なんかは「葉っぱは緑、幹は茶色、タコ足8本、波は白くも海の色はそれぞれ」なんていう固定観念を超える形で色を見ていないから、実際に絵を描こうとしても目が開かないというか、そこに風を吹かすことなどできない。それが観察力だけによるものなのか、ある程度の技巧的知識によるものなのか、この歳になってもさっぱり理解ができない。




音楽であれば、聴いていて何が起こっているのかある程度は把握できるし、作る際にも直感と技巧を組み合わせれば、それを進めて終わらせる程度のことはできる。限定的な感覚や感知能力がこちらに集約されてしまったのだろう。




料理に関しては、自分の好みのものを作ることができるようになった。他人を納得させるようなものは、おそらく知識不足なんだろう、勘弁願うしかない。面白いのは、論理的にはこちらのほうが僕が職業としている音楽よりも、自分の拙い感覚に正直であるという点だ。




いずれにせよ、このような矛盾した感覚も状況の産物で、自分の意志によって変更するのは不可能ではなくとも、あまりにも大変なことだ。大変なことは御免被る。僕は僕の不便を捨てずにやっていく。

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