糠床の正義

08.02.2020

午前、楽器指導。洗濯清掃。

午、雲呑湯。

午後、息子と散策、散髪。原稿。書見。

Power, in a nutshell, is the ability to get things done, and politics is the ability to decide which things need to be done.

– Zygmunt Bauman

権力とは、端的に言うと物事を成し遂げる能力のことで、政治とは、何を成し遂げるべきかを決定する能力のこと。

– ジグムント・バウマン

少し時間ができてTwitterを覗くと、普段にも増してフェミニズム、少数民族、脱格差社会などを叫ぶ人に満ち溢れている。政治的に正しく、根拠も証拠もいらない公理、つまりポリティカリー・コレクトネスが人々を分断、対立させている事に気が付かずに。

例えば持ち家のない僕は、家を持つ全員から家を取り上げて、雨露をしのぐ屋根を持たぬ者がないように再分配してもらっても大いに結構だけども、家を持つ者にとってはそれは困る、ずるいと感じるだろう。「大きすぎる家を持つものからのみの没収にしろ」と。

いくら「#武漢加油」などとSNSで投稿しても何も変わらないことを知りながら、しないよりはましだという。そして現地ではその態度に感動しているのだと信じている。

それでいいんだ。これが僕等の社会の限界だ。

糠にとって正しい糠床なんていうものはなくて、それは漬けられる野菜や魚にとっての(あるいはそれを作っている人や食べる人の)正義なんだ。そして誰も糠のことなど考えていない。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *