秘伝のツメ


25.11.2018




午前、楽器練習。曲作り。




午、炒麺。




午後、リハーサル。曲作り。生姜雑炊作成。書見。




Trying to change the world without changing our mind is like trying to clean the dirty face we see in the mirror by scrubbing the glass. However vigorously we clean it, our reflection will not improve. Only by washing our own face and combing our own unkempt hair can we alter the image. Similarly, if we want to help create conditions that foster peace and well-being in the world, we first need to reflect these qualities ourselves.


– Chagdud Tulku Rinpoche


僕等の考えを変えることなく世界を変えようとするのは、鏡に映った顔の汚れを鏡面を擦ることによって綺麗にしようとするようなものだ。どんなに力を込めて鏡を磨いても、映る姿が良くなることはない。顔を洗い、ほつれた髪を梳かすことによってのみ、その姿を変えることができる。同様に、世界の平和と幸福を促進に手を貸したいと思うのであれば、まずは平和や幸福の資質が自分に表れるようにしなければいけないね。


– チャッドゥ・トゥルク・リンポチェ




ちょっとまともな飯屋に入って、ちょっとまともな一皿を楽しんだ時、そのレシピを知りたいと思うだろうか。例えば「穴子:活き締めされたものを目打ちして、中骨に沿うように尾びれまで包丁を滑らせ、身を開いて丁寧に内臓を取り除き、中骨を取り除いてから、頭を落として腹の骨、尾びれ、背びれを取り除いて水洗い。鍋に水、酒、味醂、砂糖を入れ、落し蓋をして強火で煮てから冷ます。創業以来300年間継ぎ足しで作られている一子相伝秘伝のツメを少し刷毛で塗る」ということを知りたいだろうか。




僕は「再現は無理だからいいや」と白旗を振る。この部分は音楽で言ったら音源や楽譜をもらってからリハーサルが終わるまでの一連の流れのようなものだ。特に隠そうとも思わないけども、特に知りたい人も一般的にはいないのではないかと思う。プロになりたければここが肝心なのだけども。




僕等の一次ソースとなる楽譜。これは活き締めされた穴子のようなものだ(作曲家はそれくらいまでは準備する)。これを作るのは、良い状態の穴子を手に入れるのと同じくらい難しい。でも、それを捌く技術や一子相伝秘伝のツメよりは簡単に手に入る。(たぶん。僕は穴子に関してはそんな努力をしたことはない…)だから楽譜などはオープンソースとして公開してしまおうと思うのだけども、それは魚屋に活き締めされた穴子をそのまま並べるようなもので、あまり意味がないのではないのではないかとも思う。




今日の六重奏団のリハーサルで、僕が作曲家として指定したテンポやリズムがいくつか改定された。僕はしっかりと自分が思うところを述べるのだけども、なんせ多勢に無勢で「ああ、こっちのほうがいいね」と最後には笑っている。これが創業以来の秘伝の味付けだ。大切な部分は言語化されていない。




ある種の技は口伝できない。もちろん殴って分からせることもできない。

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