眼鏡のめぐり合わせ

10.10.2019

午前、清掃。曲作り。

午、広東炒飯、麻婆豆腐。

午後、友人、息子と散策。老眼鏡作成。歓談。書見。

Human life is as evanescent as the morning dew or a flash of lightning.

– Samuel Butler

人の命なんて、朝露のように、あるいは稲妻の閃光のように儚い。

– サミュエル・バトラー

15年前のある日、当時一軒しかなかったチンケなショッピングモールを幼い娘と歩いていた。サングラスでも買おうと眼鏡屋に入ると、娘が突然「眼鏡が欲しい」と言い出した。暇だったので(それは今でも同じだけど)「じゃあ、検査してもらおうか」と白衣の先生に頼み、僕は予算の範囲内のサングラスを物色していた。「お父さん、ちょっと」と美人の先生に呼ばれ、ニコニコと検査室に入ると、曇り顔の先生が「この子の左目の視力はゼロです」と告げられた。

そんなかんなで僕のサングラスは諦め、娘の眼鏡を作り、左目を使う特訓が始まったわけだ。しばらくして先生がかなり遠くの街に配属となったので、毎週末ドライブがてらに検査や訓練に赴いていた。

そんな中、僕は初めてパシージョを作曲し「使いみちのない眼鏡」と名付けた。今では娘に「きれいな曲だけどタイトルが気に食わない」と言われているけども。

先日、近所のロック歌手がリハーサル中の老眼鏡を取り出したので、さりげなく「それどこで買ったん?」と訊いてみた。最初はピンとこなかったけども(眼鏡をかけない者にとって眼鏡屋って目に入らないものだ)それが娘の眼鏡を作った店であることが判明した。

めぐり合わせだな。

老眼鏡は数時間で仕上がった。

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