無為な休日

26.08.2019

午前、師匠と長電話。息子と映画鑑賞。

午、狸饂飩。

午後、散策。大根と椎茸の炊いたん作成。原稿。書見。

The waking mind is the least serviceable in the arts.

– Henry Miller

アートにおいては、覚醒した頭が一番役に立たない。

– ヘンリー・ミラー

典型的な休日。休日の過ごし方は大きく分けると三種類あって「普段できないことをする」「普段に備えて休息を取る」「普段に備えて家事やら情報のインプットに励む」なんていう具合に皆さんお過ごしのようだ。

  • 普段できないこと:難民支援、人形供養、墓参り、バンジージャンピング、牛肉解体、時刻表の精読、蕎麦を打つ、など。
  • 休息:二度寝、昼寝、朝酒、朝風呂、プラーナーヤーマ、マッサージ、エステ、日帰り温泉、スーパー銭湯、など。
  • 家事、情報のインプット:掃除、洗濯、炊事、買物、Google Trendsチェック、読書、人間観察、Youtuberによる御託の閲覧、Wikipedia徘徊、など。

さて、こんな無駄なことを考えたり書き連ねたりしている僕の休日の行為は、一体どのカテゴリーに属するのだろう。それは「無為無策無駄にボーッとする」という、もはや行為ともいえないほどまでに正しい休日の過ごし方なので、あるいは休日という時空間はどんな矛盾をも受容できる容れ物なので、どうでも良いのだ。

今日は朝からコワルスキー御大と10年ぶりに長電話で無駄話をした。「最後に質問があるのだけどさ、Hagawっていう古いポーランドのジャズバンドでバイオリン弾いているの師匠じゃないの?」と尋ねると長い沈黙の後「父の忠言を無視して過ごした無駄な5年間だった」と笑っていた。

「良い音で好きだよ」「そうか?また楽器が弾けるようになりたいなあ」なんていう感じに、近所の豆腐屋で会った友人のように象徴的に片手を上げて「じゃ、また」と電話を切った。

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