庭の作り方

06.12.2018

午前、論文添削。楽器練習。曲作り。

午、スパゲッティ・アッラ・カルボナーラ作成。

午後、曲作り。事務作業。林檎サラダ作成。書見。

I tend to follow a very nocturnal sort of existence mainly because I don’t much care for sunlight. Bright colors of any kind depress me, in fact. And my moods are more or less inversely related to the clarity of the sky, on any given day. A matter of fact, my private motto has always been that behind every silver lining there is a cloud.


– Glenn Gould


僕は夜的な感じのものごとに靡く傾向があるんだ。陽光にはあまり興味がないのでね。実のところ、いかなる種類の明るい色も僕を滅入らせる。何の日であろうと、僕の気分は空の晴れ加減にだいたい反比例している。実を言うと、僕の座右の銘は「雲の切れ間から差す光の後ろには、必ず雲がある」なんだ。


– グレン・グールド

今日はキト祭当日。祝日は明日に振り返られ、その後週末が続くから、些末な用事は降りかからないであろうと安心していたら、そんなことは関係ない欧州からベートーヴェンのフーガにおける対唱について「なぜこの音が使われるのか?」「なぜここで音がぶつかってもよいのか?」などと矢継ぎ早に質問が送られてきた。講義のような形でならば堀を固めるように前提を説明できるけども、チャットのような形では話が飛んでしまってやりにくい。

  • バッハの時代、モーツァルトの時代、ベートーヴェンの時代、そして現代でそれぞれ機能和声に対する感覚が違うので簡単に比べられないこと。
  • 複雑なポリフォニックなテクスチャー自体に密度の高さを僕らが感じてしまうという事実。
  • そもそもベートーヴェンの長いフーガは聞き易いものではないということ。そしてそれが大好きな人が世には存在するということ。

そんな感じに説明して解放してもらった。大昔に書かれた曲を、例えばリディアン・クロマティック・コンセプトで、あるいはポスト構造主義、どこかの工場の作業マニュアルを使って読み解いて演奏することは可能なのであって、何も大学の楽理の教科書のみが正解なわけではない。(試験には間に合わなくなってしまうかもしれないけど・・・)

確かに僕らは演奏家/指揮者として編集者の役も担っているんだ。下手な庭師のような鋏を使わないように気をつけながら、いろいろと試み続けなければいけない。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *