僕らの限界

05.01.2019

午前、家探し。事務作業。

午、ムケッカ作成。

午後、子どもたちと歓談。書見。ローストビーフサンド。

Like everything genuine, its inner life garantees its truth. All works of art created by truthful minds without regard for the work’s conventional exterior remain genuine for all times.

– Franz Marc

本物であるものがすべてそうであるように、内的な命がその真実を保証するんだ。紋切型の形に囚われることない誠実な精神によって創られたすべての芸術作品は、時代を超えて本物であり続けるさ。

– フランツ・マルク

小節線で分けられた楽譜(つまり現在一般的に目にする楽譜)の場合、冒頭に拍子記号を示すことが多い。どのような事柄にも例外はあるから「多い」としたまでで、大抵の場合は分数のようなものが書かれている。13世紀頃に始まった習慣で、楽譜を手にした音楽家が拍の基本単位とリズムの周期性を知るために発明された。記し方はフランスとイタリアでそれぞれ発展したけども、フランスのものが欧州では一般的となった。

4/4をCのような記号で表すのはその名残だ。英語で Common time なんて呼んだりするけども、それは後付の名前で、アルファベットのCとは関係がない。拍子記号が発明された頃、三拍子を核に持ったリズムは◯で、二拍子を核に持ったリズムCで表したことに由来する。前者が完全なリズムだから円、後者が不完全なリズムだから70%ほどの閉じられない円。主とキリスト、精霊による三位一体を教理の中心においてあるキリスト教では、3が完全な数字であって、2は不完全なんだ。

しかしながら、3つの全音の音程に当たる三全音は「音楽の中の悪魔」と称して使用を避けていた。

西洋の音楽史とキリスト教は切り離して考えることはできないし、占星術も中国の五行も音楽の発展に大いに貢献した。でも、それらと音楽は関係がない。この相反する概念をどう咀嚼するか、あるいはバランスを取って理解するか。異国の、あるいは異教徒の音楽が人々を魅了し、王や教会を悩ませたことが、音楽には文化的優劣がないことの証明なのに、なぜ僕らはそれを未だに理解できないのか。

考えてみるものの、これは「我々」の限界なのかもしれないと思い至った。

músico japonés en ecuador

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