不可能への挑戦

10.07.2019

午前、曲作り。企画会議。

午、牛骨のスープ、牛ワタのシチュー。

午後、曲作り。インタビュー各種。原稿。ボンゴレビアンコ。書見。

Impossibilities are the most beautiful possibilities.

– Nikolaus Harnoncourt

不可能性が、最も美しい可能性だ。

– ニコラウス・アーノンクール

偉大な作曲家による名曲の編曲をつらつらと眺めていた。バッハによるヴィヴァルディ、モーツァルトによるバッハ、ブゾーニによるバッハとモーツァルト、バルトークによるバッハやフレスコバルディ。オーケストレーションによる拡大化やリストのような身体的開放のためのものは今日は関わっていない。

一般的に過去の名曲の編曲という行為は、それを作った人に対する敬意やその作業から何かを学ぶという姿勢だと思われているけども、それは一面に過ぎない。そういった感情も含みつつ、原曲の原点となっていたであろう抽象的な響きやアイディアを自分ならば別の方法で展開してみせる、できることならばより良くしてみせるという不可能への挑戦でもあったのだろう。

たとへばブゾーニによるバッハのシャコンヌ。音符の数が多すぎて、原曲とは大きく異なり、バッハのファンからは批判されることも多い。僕も「そこまでムキにならなくても」なんて思うときもあるけども、根本的には正鵠を射ていると思う。バイオリン一挺による下手な演奏よりもよっぽど核心に迫っている。

問題は演奏する人がこの作品を19世紀的ヴィルトゥオーゾのレパートリーとして捉えるか、新古典主義的作品として捉えるかということだ。つまり一人の作曲家の不可能への挑戦を読み取れるか。

職業作曲家がこの曲を演奏できるという状況も少なくなってきた現在だけども。

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