音の雰囲気


08.12.2018




午前、楽器指導。曲作り。




午、担々麺作成。




午後、曲作り。子どもたちと散策、鉄火巻。書見。




God gives the nuts, but he does not crack them.


– Franz Kafka


神は木の実を与えてくれる。でもそれを割ってまではくれない。


– フランツ・カフカ




自分の仕事場を戦場に喩えて、いかに気が抜けない場であるかということを強調する人がいる。自身を戦国武将に喩えたり、地球を救うスーパーヒーローに擬えたりする。僕は朝起きて「さて京に向かうか、道中でいくつかの軍勢をなぎ倒したりして」あるいは「必殺技の確認をしておくか」などと一日を始めるのは面倒なので、仮に乱世に生まれたとしても、新しいカデンツァや転調の方法などを考えながら隠れて生きると思う。




形而上学的なホログラフのような音の群れを紙に書き付けて、記憶には残らない色の空気を作り出す。雰囲気に理由などいらない。




曖昧な芳香に輪郭を付けてくれるのは演奏家。僕の場合、大抵は六重奏団。作ったときの僕は思い出されることもない。僕自身でさえも憶えてはいない。目指していたのは京だったか陸奥だったか、救おうとしたのは地球だったか火星だったか・・・。




そこにあるのは音の雰囲気だけ。


勘を取り戻す


07.12.2018




午前、楽器練習。曲作り。




午、ソースカツ丼作成。




午後、企画書作成。企画会議。蛋炒飯、黒酢酢鶏作成。書見。




Man cannot discover new oceans unless he has the courage to lose sight of the shore.

– Andre Gide

岸辺から目を離さないと、新たな海を見つけることはできない。

– アンドレ・ジッド




米国の大学で教鞭をとっている友人と話していて「教えるのは良いんだ、好きだから。学生の数を確保したり、街のピアノの先生との関係を保ったり、そういうのが辛い」などと漏らしていたのを思い出した。立場が上がると、ただ教えることに全身全霊を注げばいいというわけではないらしい。自分が学生だったときのことを思い返してみれば、教授陣の行動と表情に思い当たる節もある。




営利組織には経営、営業、専門家が必要だと聞いたことがある。それぞれお互いに「分かってねえなあ・・・」と愚痴をこぼすのも居酒屋で見かけたことがある。そのいくつかを股にかけてこなすのは、精神的にきっと大変なことなんだろうなと思う。




久しぶりにフリーランスになって、やっとその感覚を取り戻してきたところ。


庭の作り方


06.12.2018




午前、論文添削。楽器練習。曲作り。




午、スパゲッティ・アッラ・カルボナーラ作成。




午後、曲作り。事務作業。林檎サラダ作成。書見。




I tend to follow a very nocturnal sort of existence mainly because I don’t much care for sunlight. Bright colors of any kind depress me, in fact. And my moods are more or less inversely related to the clarity of the sky, on any given day. A matter of fact, my private motto has always been that behind every silver lining there is a cloud.


– Glenn Gould


僕は夜的な感じのものごとに靡く傾向があるんだ。陽光にはあまり興味がないのでね。実のところ、いかなる種類の明るい色も僕を滅入らせる。何の日であろうと、僕の気分は空の晴れ加減にだいたい反比例している。実を言うと、僕の座右の銘は「雲の切れ間から差す光の後ろには、必ず雲がある」なんだ。


– グレン・グールド




今日はキト祭当日。祝日は明日に振り返られ、その後週末が続くから、些末な用事は降りかからないであろうと安心していたら、そんなことは関係ない欧州からベートーヴェンのフーガにおける対唱について「なぜこの音が使われるのか?」「なぜここで音がぶつかってもよいのか?」などと矢継ぎ早に質問が送られてきた。講義のような形でならば堀を固めるように前提を説明できるけども、チャットのような形では話が飛んでしまってやりにくい。




  • バッハの時代、モーツァルトの時代、ベートーヴェンの時代、そして現代でそれぞれ機能和声に対する感覚が違うので簡単に比べられないこと。
  • 複雑なポリフォニックなテクスチャー自体に密度の高さを僕らが感じてしまうという事実。
  • そもそもベートーヴェンの長いフーガは聞き易いものではないということ。そしてそれが大好きな人が世には存在するということ。



そんな感じに説明して解放してもらった。大昔に書かれた曲を、例えばリディアン・クロマティック・コンセプトで、あるいはポスト構造主義、どこかの工場の作業マニュアルを使って読み解いて演奏することは可能なのであって、何も大学の楽理の教科書のみが正解なわけではない。(試験には間に合わなくなってしまうかもしれないけど・・・)




確かに僕らは演奏家/指揮者として編集者の役も担っているんだ。下手な庭師のような鋏を使わないように気をつけながら、いろいろと試み続けなければいけない。


音の中のアンモナイト


05.12.2018




午前、企画会議。オフィス行脚。楽器練習。




午、親子丼作成。




午後、曲作り。ラグー・ボロネーゼ作成。書見。




Life is made up of marble and mud.


– Nathaniel Hawthorne


人生は大理石と泥でできているんだ。


– ナサニエル・ホーソーン




一枚のレコードを聴いていて、それを初めて買ったときの状況、風の匂い、陽の陰りを思い出す時がある。ジャケットを見てから財布を開けてみて、買うのを諦めた日のことも。あまりにも個人的な心象で、中身である音源とは何の関係もない感覚だ。




小学生の頃、もらった年玉を握りしめて電車に乗り、中古レコード市でオイストラフが弾くシベリウスの協奏曲の12インチレコードを買って帰ったところ「なぜ普通の子どものようにおもちゃを買わない」「ためになる本でも買わない」と親に叱られた。普通のLPの3倍程の値だったからかもしれない。だから余計に丁寧に聴き、普段の3倍の美しさを見出そうと必死になった。墨絵に松風を聞こうとするように。大理石の中にいるであろうアンモナイトのことを想うように。




だから今でもその録音は美しく聞こえる。


季節の音楽


04.12.2018




午前、楽器練習。曲作り。




午、鶏温麺。




午後、新住居探索。事務作業。フルーツグラノーラ。書見。




Beauty has no obvious use; nor is there any clear cultural necessity for it. Yet civilization could not do without it.


– Sigmund Freud


美が具体的に何かに役立つわけではないし、明確な文化的必要性がそこにあるわけでもない。でもさ、美がなければ文明は成り行かないんだ。


– ジークムント・フロイト




米国や日本に住んでいる頃、秋分の日を過ぎた頃から街中がハロウィーン、感謝祭、ブラックウィークエンド、クリスマス、大晦日に正月と街中が行事に合わせて着飾られるのを見るのが嫌だった。パンを数切れ、あるいは豆腐を一丁買いに来ただけ何に、どうしてこんな招かれざる客のような思いをしなければいけないのだろうと、親指を握りしめていた。




現在、僕が住んでいる街ではキト祭の最中。街中がスペイン色に染まる。毎年同じ時期に同じようなパッサカジェやフラメンコを聴くのは正義かもしれないけども、少々うんざりする。僕が家を探しているという話を聞いた近くの村が、一軒提供を申し出てくれたけども、いろいろな行事に協力しなければいけないのかと思うと気が滅入り、結局人里を離れた小屋を住処とすることに決めた。




時期が違ったら違う判断を下していたかもしれない。