手に入れるもの

19.01.2018

午前、曲作り。

午、魚スープ、鶏丸焼き。

午後、プログラム委員会。チキンカツバーガー、ポテトサラダ作成。書見。

Le vrai est trop simple, il faut y arriver toujours par le compliqué.

– George Sand

真実はあまりにも単純すぎるので、そこに辿り着くには複雑な道を通る必要があるの。

– ジョルジュ・サンド


フリッツ・クライスラーの9才年下の弟フーゴは、才能豊かなチェリストだったけども、とにかく練習をしなかった。他の演奏家から見たら、フリッツだって全く練習を必要としなかったバイオリン弾きだから、本当に練習を行わなかったのだろう。コンサートの前になると、いつもパニックに陥って「弾けないかもしれない」とフリッツに泣きついていたのだという。

ある時、フリッツがフーゴに「少しは練習すれば気が楽になるのに」と忠言したところ「コンサートの時だけ怖い思いをしている方が、人生を練習で無駄にするよりはましだよ」と応えたという。

人は何かを掴もうとして練習を開始する。それがいつしか習慣となり、最後には練習をしないと不安になる。

掴むべき何かがはっきりとしていればいいのだけど。


益々時間がかかる準備

18.01.2018

午前、曲作り。

午、八宝丼。

午後、曲作り。楽器練習。ティラピアのムニエル、トマトパスタ、素饂飩作成。書見。

Most works of art, like most wines, ought to be consumed in the district of their fabrication.

– Simone Weil

大抵のアートは(ワインと同じように)作成された地域において賞玩される必要がある。

– シモーヌ・ヴェイユ


バーボンを片手に書かれたブルーズ、ラベルの貼られていない瓶に詰められたワインを舐めながら作られたシャンソン、鬘の位置を直しながら書かれた古典的なシンフォニー、そういった音楽を地理的に、あるいは時間的に離れた場所で、現代的な服の袖をまくり、現代的な飲み物を片手に演奏すれば、全てがパロディとなる。

プロコフィエフがハイドンのパロディであったように。

カエタノ・ヴェローゾのトロピカリア運動がロックンロールのパロディであったように。

骨格が取り出され、新たな肉付けがされる。その過程を省いた再現芸術は、博物館のレプリカと同じだ。それがいかに精巧であろうとも、あくまでも疑似体験。

VRによる登山と同じ。


遷ろう現世

16.01.2018

午前、曲作り。PC引っ越し。

午、サラダ。

午後、楽器指導。曲作り。焼き餃子定食作成。書見。

Il y a toujours une philosophie pour le manque de courage.

– Albert Camus

勇気の欠如を言い訳する哲学は、いつも存在する。

– アルベール・カミュ


子供の頃から岩石に心が惹かれていた。個人の生命よりも遥かに長い時間をかけて、何か確固たる信念が結晶したかのような岩。それでいて千差万別で、しかしながら各々の意思や美学を感じさせない。

風雪もあらゆる天災も受け入れるシンプル極まりない哲学を持ちながら、それぞれ実に異様な面貌をしている。それは常世と現世との端境なんだ。

折に触れて音楽史を俯瞰するのは楽しい。個人はなかなか変わるものではないけども、世間は無常だ。自分の意志で自分を作り上げるよりは、様々なものにさらされていたほうが面白い結果になるような気がしている。


フェアな演奏

15.01.2018

午前、打ち合わせ各種。PCファイル整理。

午、鶏モツスープ、炒飯。

午後、曲作り。楽器指導。ムール貝のアルフレッドソースパスタ作成。書見。

It is compassion rather than principle of justice which can guard us against being unjust to our fellow man.

– Bruce Lee

正義の原則ではなくてさ、思い遣りの気持ちが、仲間を不当に扱うことがないように、僕らを守ってくれる。

– ブルース・リー


リッチ御大はある時「世界にあるどんな音楽でも演奏できるやり方が分かってしまった」と呟いた。一般的な五線譜を(バイオリンを使って)音楽に訳す方法という意味だと思う。最低限の約束事だけが決められたフォーマットにおいては、大部分が手放しで放任されているし、その部分は演奏家がなんだかの原則を持っていることも多い。

作曲家の頭の中身を、曲が作られた当時の音を、あるいはできる限り突飛な発想を記載された記号から引き出すのは演奏家の自由だ。

そこに思い遣りの気持ちがあれば。


思索の果て

14.01.2018

午前、楽器指導。

午、チキンカレー作成。

午後、事務作業。息子と散策。フィスクソッパ作成。書見。

Keep me away from the wisdom which does not cry, the philosophy which does not laugh and the greatness which does not bow before children.

– Khalil Gibran

悲嘆しない知恵を、歓喜しない哲学を、子どもたちに頭を垂れない偉大さから僕を遠ざけてほしい。

– ハリール・ジブラーン


考えるということが苦手だ。知恵も哲学も偉大さもある一定の集中力を持った固定化された帰結だけども、僕の場合は世界平和について考えていても、数分後にはパスカルの三角形に現れる三角数の列について夢想していたりする。

設問が明らかでないんだと思う。

でも、そこには使いみちはないかもしれない明瞭な色と形がある。