ちょっとエクアドルからアドヴァイス

26.03.2020

午前、楽器練習。曲作り。

午、重湯。

午後、事務作業。曲作り。蛋炒飯作成。原稿。書見。

Speak properly, and in as few words as you can, but always plainly; for the end of speech is not ostentation, but to be understood.

– William Penn

適切に、最小限の言葉で、しかしはっきりと話すんだ。スピーチの目的は誇示ではなく、理解してもらうことなのだから。

– ウィリアム・ペン

この社会に対する責任。これは納税や労働のような義務とは異なる。しばらく考えてみたら、日本の社会では理解されていない概念なのだろうと思い辺り、膝をポンと打ち顔を洗いに洗面所に向かった。

夜長千羽鶴を折って被災地に送りつける、町内会のドブさらいに参加して汗を流す、あるいは改札でメディテーション状態になっている老人をおぶって適当な電車の優先席に座らせる。こういうのが社会に対する責任行為だ。

ようするに、新型ウィルスが日本で蔓延している今は、家を出ずに静かにワーグナーのニーベルングの指環を聴きながら手を洗ったあとに「ルドルフ・シュタイナーの黒板絵 」でも読んでいるのが社会に対する責任を果たす行為だと言えるんだ。「宇宙を認識したければ、汝自身を見るがよい。人間を認識したければ、宇宙を見るがよい。」 と書いてあるではないか。それを繰り返していると、簡単に日が暮れることは僕が実証している。

ロックアウトは行政の問題だ。大したことない。

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